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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1012号 判決 1987年5月22日

原告

桑田栄三郎

被告

国際興業株式会社

ほか三名

主文

一  被告国際興業株式会社、同花城清助及び同清水正吾は、各自、原告に対し、一〇四六万六一六四円並びにこれに対する昭和五七年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国際興業株式会社、同花城清助及び同清水正吾に対するその余の請求並びに同寺田正に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告国際興業株式会社、同花田清助及び同清水正吾の間に生じた分はこれを三分し、その一を右被告らの、その余を原告の各負担とし、原告と被告寺田正との間に生じた分は原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、三〇二七万三四三〇円及びこれに対する昭和五七年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  被告国際興業株式会社(以下「被告会社」という。)、同寺田正(以下「被告寺田」という。)及び同花田清助(以下「被告花城」という。)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五十三年三月一八日午後四時二〇分ころ、東京都板橋区高島平五丁目五四番地先交差点(以下「本件交差点」という。)において、中仙道方面から笹目通り方面に向けて直進してきた被告花城運転の普通乗用自動車(大宮五六ち七〇〇三、以下「甲車」という。)が折から同交差点を笹目通り方面から赤塚方面にかけて右折中の訴外斉藤猛夫(以下「斉藤」という。)運転の大型乗用自動車(バス、練馬二う二二四七、以下「乙車」という。)の前部に衝突し、そのはずみで甲車が逸走して歩道上で信号待ちをしていた原告に衝突し、原告が負傷した(以下「本件事故」という。)。

2  傷害の部位・程度及び治療の経過

原告は、本件事故により左脛、腓骨開放性骨折、顔面及び左右手背部挫創、下腹部打撲等の傷害を負い、入院(二五六日)、通院(五二〇日)して治療を受けたが左脛に約二七センチメートルの手術創、左脛から左足指第一、二、三趾にかけての知覚鈍麻、左膝、左足及び左趾の運動障害の後遺障害を残して、昭和五七年四月三〇日、症状固定の診断を受けるに至つている。

3  被告らの責任原因

(1) 被告寺田は甲車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、

(2) 被告清水正吾(以下「被告清水」という。)は、同花城の使用者であり、本件事故当時同被告を自己の営む廃棄物処理業に従事させていたものであるから民法七一五条一項により、

(3) 被告花城は、甲車を運転して本件交差点に進入するに当たり、信号及び本件交差点の右折車の動静を確認することなく無謀な進入を図つた過失により本件事故を惹起したものであり、また、甲車を自己のため運行の用に供していた者でもあるから、自賠法三条又は民法七〇九条により、

(4) 被告会社は、乙車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であり、また、斉藤の使用者として同人をして被告会社の業務の執行に当たらせていたところ、同人が前方不注視等の過失により本件事故を発生させたものであるから、自賠法三条、民法七一五条一項により

各自連帯して、原告に対し、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 治療関係費 二二六万二三一二円

(1) 治療費

填補ずみ。

(2) 付添費用 一四六万七三六二円

(3) 差額ベツド、松葉づえ代 四〇万〇三五〇円

(4) 診断書料 一万七八〇〇円

(5) 雑費 二八万三二〇〇円

ア 入院雑費 一七万九二〇〇円

一日七〇〇円として二五六日分

イ 通院雑費 一〇万四〇〇〇円

一日二〇〇円として五二〇日分

(6) 通院交通費 九万三六〇〇円

バス往復一八〇円として五二〇日分

(二) 休業損害 一〇七〇万一一一八円

原告は、本件事故当時印刷工として訴外株式会社光彩社(以下「光彩社」という。)に勤務し、事故前三か月を平均すると日額五四二六円の賃金を得ていたところ、本件事故のため症状固定日である昭和五七年四月三〇日までの間一五〇三日にわたり頭書の休業損害を被つた。

すなわち右の間の賃金上昇を前提に原告が得られたであろう収入を予測すると、

(1) 昭和五三年三月一八日~同年四月三〇日

二三万三三一八円(5426×43日)

(2) 昭和五三年五月一日~昭和五四年四月三〇日

年額二四二万四〇〇〇円

(3) 昭和五四年五月一日~昭和五五年四月三〇日

年額二六七万円

(4) 昭和五五年五月一日~昭和五六年四月三〇日

年額二九八万円

(5) 昭和五六年五月一日~昭和五七年四月三〇日

年額三二七万円

以上の合計一一五七万七三一八円となる。

ところで、原告は、右の算定期間内に光彩社から七万四〇〇〇円の賃金の補填を受けたほか、昭和五六年七月二三日から訴外有限会社江陽印刷(以下「江陽印刷」という。)で就労し、前記症状固定日までに合計八〇万二二〇〇円の賃金を得ているので、休業損害としては前記予測収入額から右八七万六二〇〇円を控除した頭書の一〇七〇万一一一八円としたものである。

(三) 逸失利益 一八〇七万九〇四八円

原告は、昭和五六年七月二三日から江陽印刷で印刷工として再就労しているが、本件事故による後遺障害のため大幅な労働能力の低下を否めず、これによる減収を余儀なくされている。右労働能力喪失率は、光彩社の勤務継続を前提とする昭和五七年五月一日から昭和五八年四月三〇日までの予想賃金年収額三四五万円と江陽印刷における昭和五七年五月一日から同年一二月末日までの現実の収入額六四万五七四〇円とを日額に換算した上で比較する方法により算出すると、次の算式のとおり七二パーセントとなる。

1-(64万5740円÷245日)÷(345万円÷365日)≒0.72

そこで、原告は大正八年一二月二九日生れであり、前記症状固定日である昭和五七年四月三〇日から更に少なくとも九年間は印刷工として就労可能であるから、前記予想賃金年収三四五万円に基づき、ホフマン方式により中間利息を控除して、症状固定日以降の逸失利益を算定すると、次の算式のとおり頭書の一八〇七万九〇四八円となる。

345万円×0.72×7.2782≒1807万9048円

(四) 慰藉料 九〇〇万円

(1) 入通院慰藉料 四〇〇万円

(2) 後遺障害慰藉料 五〇〇万円

(五) 物損 一〇万円

背広上下、セーター、下着、自転車及び限鏡の破損、損壊に伴うもの

(六) 既払控除後の損害総額 二七六一万四九〇〇円

原告は、被告清水から三七万二四一二円、被告会社から七〇〇万四八七〇円、健康保険から傷病手当金一七九万〇二九六円及び自賠責保険から後遺障害分三三六万円の各支払を受け、右合計一二五二万七五七八円の限度で損害が填補されたので、右填補後の原告の本件事故による損害総額は二七六一万四九〇〇円となる。

(七) 弁護士費用 二七六万一四九〇円

原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起追行に伴う弁護士費用として、右(六)の損害総額の一割に相当する二七六万一四九〇円を支払う約束をしたところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害である。

5  結語

よつて、原告は、被告ら各自に対し、三〇三七万六三九〇円及びこれに対する昭和五七年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  被告寺田

請求原因1の事実は認めるが、同2の事実は不知。同3(1)の被告寺田が甲車の運行供用者であることは否認する。同被告は単に登録名義貸与者にすぎない。すなわち、甲車の所有者は被告清水であるが、甲車購入に当たつて、車庫証明手続を取る必要から、義兄であり、雇用主でもある同被告から懇請され、やむなく名義使用を承諾したものである。また、甲車は、専ら同被告の経営する事業の用に供されており、被告寺田は右経営に何ら関与しておらず、甲車に対し何ら支配権を有せず、右運行による利益も享受していないのである。同4は不知ないし争う。同5の主張は、被告寺田に関する部分は争う。

2  被告花城

被告花城の損害賠償責任は争う。

3  被告会社

請求原因1の事実は認める。同2の事実は、入通院の期間の点を除き、認める。同3(4)は、被告会社が斉藤を使用し、乙車の運転業務に就労させていたことは認めるが、後記のとおり、同人に過失はなく、被告会社には本件事故に関し損害賠償責任はない。同4は、損害の填補に関する部分、及び本件事故当時原告が光彩社に勤務し、事故前三か月平均日額五四二六円の収入を得ていたことは認めるが、その余は不知ないし争う。殊に、休業損害、逸失利益の算定は実態を無視した高額の主張であり、失当である。同5の主張のうち被告会社に関する部分は争う。

三  被告会社及び被告寺田の主張

1  被告会社の免責の主張

斉藤は、乙車を運転して笹目通り方面から中仙道に向けて進行し、右折のため本件交差点内で対向車両のとぎれるのを待つて停車した後、対向車両が停止するのを確認した上で、赤塚方面に向けて時速五キロメートルで右折を開始したところ、被告花城運転の甲車が既に対向車線の対面信号が赤色に変わつていたにもかかわらず時速八〇キロメートルを超える高速で本件交差点に進入し、斉藤の急制動措置も間に合わず、乙車の右前部に甲車の右側面を接触させ、暴走した挙げ句、折から交差点角で信号待ちをしていた原告に衝突したというものであるから、斉藤には何らの過失もなく、本件事故は専ら被告花城の過失により惹起されたことが明らかである。また、乙車には構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

したがつて、被告会社は、民法七一五条一項の責任を負わないことはもちろん、自賠法三条の責任についても同条但書により免責されるべきである。

2  被告寺田の消滅時効の主張

仮に、被告寺田に本件事故について損害賠償責任があるとしても、本件事故は昭和五三年三月一八日に発生しているところ、原告は、同日以降いつでも本訴請求をなし得べき状態にあつたから、昭和五六年三月一八日の経過により、原告の右損害賠償請求権は時効により消滅したものというべきであり、被告寺田は本訴において右時効を援用する。

四  被告会社及び被告寺田の主張に対する原告の認否

被告会社の免責の主張、被告寺田の消滅時効の主張は、いずれも争う。

五  被告清水

被告清水は、公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、被告清水を除くその余の当事者間には争いがなく、右被告との関係では弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲二〇号証、乙一号証の四、証人斉藤猛夫の証言及び原告本人尋問の結果により認められる。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  被告花城、被告清水及び被告会社の責任

(一)  前記事実に前掲甲二〇号証、乙一号証の四、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の責正を認める甲二号証の一、二、一七ないし一九号証、乙一号証の五ないし七、丙三号証(乙一号証の六と同じもの。なお、以上の書証の成立関係は被告会社につき争いがない。)、証人斉藤猛夫の証言、被告花城清助本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、(1)本件交差点は笹目通り方面から中仙道方面に通じる都道二〇二号線(以下「本件道路」という。)と新河岸方面から赤塚方面に通じる道路とが交差する十字路交差点であり、信号機による交通整理が行われている。本件道路は両側に歩道を設け、片側三車線ずつの幹線道路で、交通頻繁であり、交通規制として速度制限時速五〇キロメートルの指定がされ、また、本件交差点において笹目通り方面から赤塚方面へ右折することは路線バスを除き禁止されている。なお、右路線バスのための右折専用信号は設置されていない。(二)被告花城は、被告清水に雇用され同被告の営む産業廃棄物処理業に従事していたものであるが、昭和五三年三月一八日午後四時二〇分ころ、免許停止処分中で自動車運転資格を有しないのにかかわらず、右業務のため甲車を運転し、いわゆる呼込みと称して産業廃棄物を積載して通過するトラツクを追尾して呼び止め、所定の処理場に右積載物を廃棄するよう勧誘するため地下鉄高島平駅前付近で待機していたところ、目的のトラツクを見かけてこれを追尾し、本件交差点を中仙道方面から笹目通り方面に向かい直進するに当たり、制限指定速度を大幅に超える時速七〇ないし八〇キロメートルの高速で進行し、しかも、右トラツクを追尾することに気を奪われ、同交差点の手前約五〇メートル地点で既に進路前方の対面信号が黄色を表示していたのにこれを看過して本件道路左側の第一車線を走行し、停止線の手前二〇メートル地点に至つてようやくこれを認めたが、右交差点内の様子を確認することもなく、そのまま同交差点を通過すべく突入し、折から同交差点内を笹目通り方面から赤塚方面へ右折進行中の路線バスである乙車の右前部に自車の右側面を衝突させ、そのはずみでハンドル操作を誤つて自車を左方に暴走させ、歩道上で自転車に乗つて信号待ちをしていた原告に自車左側を衝突させ、更に三〇メートル以上暴走して左側歩道に乗り上げて停止した。(三)斉藤は、被告会社の路線バス運転者として乙車の運転に従事していたものであるが、右同時刻ころ、笹目通り方面から赤塚方面へ本件交差点を右折すべく、対面信号の青色表示に従い、中央線寄りの第三車線を経て交差点内に進入し、一たん停止して対向車両のとぎれるのを待つうち、対向第二車線を走行してきたトラツクが交差点手前の停止線で減速停止したのを確認した上で(このとき対面信号が黄色であることに気付いた。)、ニユートラル状態からギア操作を行つて発進にかかり、対向車線を一べつしてその時点で第一車線に走行車両が見えなかつたことから時速一〇キロメートル以下の低速度で右折進行したところ、その直後に左側対向第一車線方向から白い物体が突入してくるのに気付き、急制動措置を講じたが間に合わず、前記態様の甲車との衝突に至つた。斉藤が右発進操作にかかつてから衝突までの時間は少なくとも四、五秒以上である。なお、本件事故につき、斉藤は刑事責任は起訴猶予処分となつたが、免許停止一か月の行政処分を受けている。以上の事実が認められ、証人森山朝貞の証言中右認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右事実によれば、本件事故につき、被告花城が民法七〇九条により、被告清水が同法七一五条一項により損害賠償責任を負うことは明らかである。

他方、被告会社は、自賠法三条但書の免責を主張するものであるところ、本件事故(甲車との衝突及び甲車と原告との衝突)発生につき斉藤に過失がないといえるかどうかを検討してみるのに、同人は、自動車運転者として常に道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で安全運転を心がけるべき注意義務を負つており、殊に本件交差点のように交通頻繁な幹線道路に設けられた交差点を右折するに当たつては、信号の変り目時(本件衝突時には対面信号は赤色であつたと推認される。)に進入してくる対向車両のあることが自動車交通の実情に照らし一般の自動車運転者にさえ予見し得るところであり、また、一たん事故が発生した場合、交差点という場所柄本件のごときいわゆる巻添え事故の発生の危険性が高いことも容易に予見し得るのであるから、少なくとも交差点周辺の歩行者等との関係では、斉藤は安全に右折行為を完了するまで、対向車両(本件では対向第一車線からの車両)の進入の有無(第二車線にトラツクを先頭に数台の車両が停止しており、第一車線の走行車両への視認を妨げる状況にあつたことがうかがわれる。)を十分に確認して右折進行すべき義務を負つていたものといわなければならない。そうだとすると、前記認定のとおり、斉藤は、右折に際し一たんは対向第一車線に目をやりその時点で本件交差点に進入してくる走行車両のないことを確認したものの、その後は対向車線の注意がおろそかとなり、特に、対向第一車線の延長線上へ自車を乗り入れて右折にかかろうとする直前には、改めて進入車両の有無に対する確認を行つていないことは明らかというべきであるから、原告に対する関係ではなお右折時の安全確認義務を尽くしていたとは認め難いものといわざるを得ない。右のとおりであるから、斉藤の無過失を前提とする被告会社の前記免責の主張は理由がなく、失当というほかない。もつとも、右被告ら間の内部的関係でみるとき、被告花城の過失が斉藤のそれをはるかに上回ることは明らかであり、両車の過失割合は、被告花城の八に対し、斉藤二と解するのが妥当というべきである。

(三)  以上のとおりであるから、被告花城は民法七〇九条、被告清水は同法七一五条一項、及び被告会社は自賠法三条に基づき、各自、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任を負うものと解するのが相当である。

2  被告寺田の責任

被告寺田が甲車の登録名義人であることは原告と同被告との間に争いがないところであり、成立に争いのない丙一、二号証(原本の存在とも)、四ないし六号証、証人森山美枝、同森山朝貞の各証言、被告寺田正本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、甲車は、被告清水が代金を支払つて購入したもので、専ら同被告が営む産業廃棄物処理業の事業執行に使用され、ガソリン代等その維持、管理費用は同被告が負担し、平素の保管場所・方法は同被告の管理下にある産業廃棄物処理場とされ、同所に置いておくというものであつたこと、被告寺田が甲車の登録名義人となつたのは、被告清水が甲車購入に当たり、車庫証明を取る必要から、義兄であり使用主である立場を利用して被告寺田に対し登録名義の貸与方を墾請したため、同被告がやむなくこれを承諾したという経緯に基づくものであり、また、同被告は被告清水の右事業経営に何らの関与ないし権限を有せず、個人的にも甲車を利用することはほとんどなかつた(被告寺田の住居所は、勤務先の三共商事まで車で一五ないし二〇分程度離れており、同被告の平素の通勤手段はその所有に係る五〇ccのバイクであり、雨天の折などたまに被告清水の同意を得て甲車を利用することがあつた程度である。)ことの各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告寺田は、甲車の運行につき何ら支配権を有せず、単なる形式上の登録名義人の地位にとどまるにすぎない者というべきであり、また、右運行につき利益を有する者とも認め難く、他に甲車の運行の危険につき責任を負うべき特段の事情もないから、甲車につき、自賠法三条にいう運行供用者の地位にはなかつたものといわざるを得ない。

よつて、その余について判断するまでもなく、原告の被告寺田に対する本訴請求は、理由がなく失当であるから、棄却を免れないものといわなければならない。

三  進んで原告の損害について判断する。

1  まず、損害認定の前提として、原告の傷害の部位、程度及び治療の経過について判断するに、前記認定事実に弁護の全趣旨により成立の真正を認める甲三ないし九号証(いずれも原本の存在とも)、二二、二三号証、丙七号証(被告会社との関係では右甲三号証につき原本の存在、成立ともに、また、同四ないし九号証については原本の存在につき争いがない。)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により重篤な左脛・腓骨開放性骨折、顔面及び左右手背部挫創、下腹部打撲等の傷害を負い、昭和五三年三月一八日から昭和五七年四月二一日までの間に合計二五六日の入院、昭和五三年一一月一二日から昭和五七年四月三〇日までの間に五二〇日の通院(いずれも志村橋外科病院)をして治療を受けたが、左脛前面から足首あたりまでに約二七センチメートルの手術創、左脛から左足指第一、二、三趾にかけての知覚鈍麻、左膝、左足及び左趾の運動障害(一時間を超えるような立居、歩行は足のむくみを来たし、ズキズキする痛みが生じる、足親指が下を向いているため畳の縁などに引つかかり激しい痛みを生じる、和式トイレの使用が困難であるなど)を残して、昭和五七年四月三〇日、症状固定の診断を受けたこと、原告は現在自力歩行が可能であり、自賠責保険の後遺障害等級(自賠法施行令二条別表所掲)は一一級一〇号に該当する旨の認定を受けている(東京都の身体障害者五級にも認定されている。)が、当初医者からは生涯松葉杖の補助が必要と言い渡されており、右までの回復に至つたのは、原告が連日のように、激しい苦痛を伴うマツサージを受け、まえ、自転車を杖代りに押して、天候のいかんを問わず荒川の土手や河原の草地を数キロにわたつて歩行するなど厳しい機能回復訓練を自らの意志でやり通した結果によるものであり、原告のかかる努力なしには到底右までの回復は得られなかつたであろうと思われることなどの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで、損害について項目別に判断する。

(一)  治療関係費 二二六万二三一二円

原告は、治療関係費相当の損害として、填補ずみの治療費を除き、二二六万二三一二円を主張するところ、前記認定の傷害の内容・程度、入通院の経過に、前掲甲四号証、九号証、二二、二三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合し、右主張額につき本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二)  休業損害 七三八万四八〇〇円

前記認定事実によれば、原告は本件事故のため、二、三か月後に光彩社から退職し、以後就業が困難で症状固定の昭和五七年四月三〇日までの間相当の休業損害を被つたことがうかがわれるところ、原告は右損害額につき、本件事故当時印刷工として光彩社に勤務し、日額五四二六円の賃金を得ていたこと(弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲一二号証。なお、被告会社との関係では争いがないところである。)から、右を基礎に請求原因4(二)主張の賃金上昇(毎年月収二万円及びこれに伴う償与の上昇)を見込んで予測収入を立て、これにより一〇七〇万一一一八円(給与の一部支払分を控除)の休業損害を被つたと主張する。

そこで検討するのに、右賃金上昇予想は証人西片稔の証言及びこれにより成立の真正を認める甲一四、一五号証(退職後支払予想給料表)に基づくものであるか、右自体客観的合理性に乏しい上、前掲甲二二、二三号証、原告本人尋問の結果を合わせて考察してみると、原告は本件事故当時五八歳であつたところ、既に六、七箇所の印刷工場を転じた後に光彩社に勤務していたものであり、勤務の永続性に疑問がないとはいえなかつたこと、熟練の印刷工の稼働可能年齢は他の職種と比較した場合高齢の傾向がみられないわけではないが、光彩社の経営者の言によれば六〇歳くらいまでが雇用者側からみた場合の就労適格年齢と指摘されていること、加えて、本件事故の数年後にはオフセツト印刷への技術転換の時代を迎えており、このため原告自身も述べているように光彩社においても活版印刷工のうちオフセツト印刷に変つた後においてもなお就労を継続し得た者は三分の一程度であること(そのうちに原告と同年代の印刷工が含まれている事実は明らかにされていない。)などの諸事情がうかがわれ、これらを総合してみるとき、仮に原告が本件事故に遭遇しなかつたとしてもなお継続して光彩社にとどまり稼働し得たかどうか、更に仮にそうだとしてその主張するような賃金上昇が得られたかどうか、客観的には多大の疑問が残ることを否めず、原告の賃金上昇の主張は採用に由ないものといわざるを得ない。

そこで、昭和五七年四月三〇日の症状固定日までの原告の休業損害算定に当たつては、諸般の事情を考慮し、賃金日額を五五〇〇円と認め、右に基づき算定すると八二六万一〇〇〇円となるところ、原告は右の期間に光彩社及び江陽印刷から合計八七万六二〇〇円の収入を得ていることを自認しているから、前記算定額からこれを控除した七三八万四八〇〇円が原告の被つた休業損害額となる。なお、原告は右休業期間中印刷工業保険組合から二〇か月分の賃金の六割の支給を受けている旨自認していること(前掲甲二二号証)を指摘しておく。

(三)  逸失利益 四三九万六六三〇円

前記認定事実によれば、原告は症状固定後も左下肢に後遺障害を残し、後遺障害等級一一級一〇号該当の認定を受けており、立居仕事で時に重量物の持運びを余儀なくされる印刷工の仕事(他の職種を想定することは相当ではない。)を続ける上で相当の労働能力の減少を来たしたものと認められるところ、原告はその割合を七二パーセントと主張する。しかし、原告の右主張は、光彩社の継続勤務を前提とする前記予想賃金と江陽印刷における賃金とを比較したものであり、右予想賃金が前説示のとおり首肯し難いものである以上、採用することはできないものといわなければならない。そこで、原告の労働能力喪失割合について、原告の後遺障害の内容と程度、印刷工の仕事の特殊性、後遺障害等級一一級の認定を受けていること、症状固定当時の就労にはかなりの労働制限が伴つたものと推認されるが、昭和六一年四月ころからは訴外サンシー印刷(以下「サンシー印刷」という。)で印刷工として稼働し、月額一五万円程度の収入を得ているところ、サンシー印刷では本件事故及び後遺障害の件は秘匿したままであつて、少し足の悪い人という程度に受け取られており、本件事故により格別処遇上の不利益を被つている事実はうかがわれないこと、前記認定のとおり、印刷工とはいえ原告の年齢による就労の制約を考慮せざるを得ないこと、就労に伴う苦痛などは後記慰藉料として評価するのが適切であることなどの諸事情を弁論の全趣旨を踏まえて総合検討すれば、原告の後遺障害による労働能力の喪失割合は、三〇パーセントと認めるのが相当であるというべきである。

そこで、右に基づき、症状固定時から七〇歳までの八年間を稼働可能期間とし、症状固定時における原告の本件事故に遭遇しなかつた場合の推定収入を、昭和五八年度賃金センサスによる産業計(一〇人~九九人規模)・男子学歴計・六〇歳~六四歳平均年収の八割に相当する二二六万七五二〇円(本件事故当時における原告の日額賃金五四二六円を基に算出した当時の推定年収が昭和五三年度の右賃金センサスにより求める額の約八割程度であることに基づくもの)とするのを相当と認めた上で、中間利息控除につきライプニツツ方式を採用して症状固定時における原告の逸失利益を算定すると、次式のとおり四三九万六六三〇円(一円未満切捨)となる。

226万7520円×0.3×6,4632≒439万6630円

(四)  慰藉料 八〇〇万円

本件事故の態様、傷害の内容・程度、長期にわたる治療の経過、後遺障害の程度(ただし、右の回復にまで至つたことの背後に原告の並々ならぬ機能回復の努力があつたことを指摘しなければならない。)、年齢、印刷技術の変遷等による内在的制約があつたとはいえ、印刷工としての稼働の機会を大幅に減縮されてしまつたこと、その他本件審理に顕れた一切の事情をしんしやくし、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は八〇〇万円と認めるのが相当である。

(五)  物損 〇円

原告は、背広上下、セーター、下着、自転車及び限鏡を破損され、一〇万円相当の損害を被つた旨主張するが、本件事故の態様等から右主張の物を破損された事実はある程度うかがわれるものの、右破損時の評価額(これが損害額とされるべきである。)を判断するに足りる証拠はないから、右請求は理由がなく、失当といわざるを得ない。ただし、本件事故の態様から何ほどかの損害の発生は推認されるから右の点は前記慰藉料額の算定に当たり、しんしやく事由の一つとして考慮しているものであることを付言しておく。

(六)  填補後の損害額 九五一万六一六四円

原告は、損害の填補につき請求原因4(六)のとおり(填補総額一二五二万七五七八円)自認し、これを控除した損害を請求するものであるところ、前記(一)ないし(四)の損害総額から右填補額を控除すると、九五一万六一六四円が残存損害額となる。

(七)  弁護士費用 九五万円

弁論の全趣旨により、原告は本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、相当の報酬等弁護士費用の支払を約束したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある右費用相当の損害は、本件事案の難易度、審理の経緯、認容額等を考慮し、九五万円と認めるのが相当である。

四  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告会社、被告花城及び被告清水に対し一〇四六万六一六四円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和五七年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、右被告らに対するその余の請求及び被告寺田に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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